スペインかぜ

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東京駅の設計で知られる建築家・辰野金吾(→)は、約100年前のスペインかぜで亡くなっている。

1918~1920年、世界で猛威をふるったスペインかぜ(A型インフルエンザ)による死者は、世界で2千万~4千万人、日本国内では40万人前後。

社会学者マックス・ウェ-バー(ドイツ、56歳没)も犠牲になっている。 

当時の新聞には、

「患者に近寄るな、咳(せき)などの飛沫から伝染

 今が西班牙(スペイン)かぜの絶頂」

 (1918年10月25日付の朝日新聞)

といった記事が頻繁に出てくるという。

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永井荷風の日記『断腸亭日乗』、41歳のときの記述に、こうある。

「1920年(大正9年)1月12日、夕食後、悪寒を覚えて臥床

 流行性感冒にかかり、以後ほとんど3月まで病臥した」

荷風もスペインかぜに罹って、一時は遺書を書くほど衰弱するが、幸いにも回復し、訃報に載ることはなかった。

スペインかぜ対策として、日本政府が国民に呼び掛けた内容が、いまの中国コロナと酷似している。

それは、①マスク着用、②うがい、➂室内換気、④患者隔離など。

医療崩壊も起こっている。

とにかく、スペインかぜの犠牲者は多すぎる。

当時の日本の人口約5700万人に対して、患者数は約2380万人(国民の41%が罹患)、死者数は約40万人前後。

原因がウイルスにあることが、当時はまだ明らかでなかった。 

 

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「麻布の家」とあるのは、当時建築中だった偏奇館のこと

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